湯川余話
第7回 お髭事件

 今回は、「お住まいシリーズ」ではなく、私の個人的な思い出です。  秀樹さんは5年に及ぶアメリカ滞在から1953年に帰国し、京都大学に新設された基礎物理学研究所(基研)の所長に着任されました。1953年「国際理論物理学会 […]

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湯川余話
第6回 荒神橋を渡って一中と三高へ通う お住まいシリーズ5

 染殿町や東桜町で暮らした秀樹さんの子供時代の思い出である。  「出町には、弁天様があった。出町から今出川の通りにかけて、月に二回、十四日と二十二日に縁日が出た。露店に燃えるアセチレンのにおいは、今もあざやかによみがえっ […]

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湯川余話
第5回 河原町通市電敷設と東桜町の屋敷 お住まいシリーズ4

 秀樹さんのお住まいは「転々として」ということを強調してきたが、東桜町の家では比較的長く、小中高の少年時代を過ごした。しかし細かくみると、この期間中にも、一度、隣接する別の屋敷に引っ越しをしている。それは当初の家主の豊岡 […]

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イベント
「市民の会」第1回総会を開催しました

 2022年9月3日(土)午後2時から、京都市左京区の檀王法林寺交流会館「遊心菴」にて、本会の第1回総会が開催されました。出席者は、対面で14名、リモートで5名の計19名でした。  本会は2021年3月1日に発足しました […]

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湯川余話
第4回 借家の家主はお公家さん お住まいシリーズ3

 京都に移って小一年の仮住まいののちに、一家は「寺町広小路上る染殿町の借家に移った。梨木神社の北である。お公家さんの住んでいた大きな家で、この家の庭にも、厚いこけがいっぱいに生えていた。家主のお公家さんは、六条さんという […]

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湯川余話
第3回 小川琢治家の人々 お住まいシリーズ2

 秀樹さん(1907-1982年)は子供時代の家族と住まいについて次のように書いている。(今回の引用文は全て湯川「二人の父」1942年による。『湯川秀樹著作集』第7巻、岩波書店) ​ 家族は「両親と子供が7人、上二人が女 […]

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湯川余話
第2回 10ヶ所以上の住まいを遍歴

 本会の目的が湯川博士の旧居に関連したことなので、この連載では生涯にわたる博士のお住まいに注目して、その時々での公私に亘る背景や時代にも触れていきたいと思っています。この「秀樹さんのお住まい」シリーズを基本に、時々、前回 […]

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湯川余話
第1回 湯川記念館のパナソニックホール

 京大北部構内の一画に湯川記念館という建物があり、基礎物理学研究所が使っている。私がこの研究所の所長に就いて間もなく、湯川博士70歳の1977年春の叙勲に向けた功績調書を書く仕事がまわってきた。そのとき、あれこれの前例の […]

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お知らせ
京都大学湯川記念室所蔵図書リストについて

京都大学基礎物理学研究所では、湯川秀樹博士の研究生活の面影を伝え、その偉業を偲ぶために、湯川博士が使用していた旧所長室が「湯川記念室」として保存されています。 このたび、湯川記念室で所蔵、展示されている湯川博士の旧蔵書、 […]

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お知らせ
1月23日は湯川秀樹さんの誕生日です。

今回は湯川秀樹さんの生い立ちを振り返り、 湯川さんがなぜ多くの人に勇気や感動を与えたのか、 皆さまと一緒に共有できたらと思います。 湯川さんが生まれたのは1907年1月23日。 (1・2・3と覚えやすい誕生日ですね) 父 […]

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